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いし様、ぢーこ様、書き込みありがとうございます。
まず、お断りを。 年度末などが重なって、毎日バタバタ雑用に追われ、ちょっと放置してしまっておりました。そこのところ、どうかお許しください。 ごめんなさい。
さて、女優さんたちの舞台挨拶についてなんですが、以前にも書いたことがありますが、私が梅田日活劇場に入社いたしましたときは、もうロマンポルノは終焉しておりました。エクセス映画の封切館でしたので、ロマンポルノ女優さんたちの舞台挨拶の様子や雰囲気などは知らないというのが実情です。 ただ、会社の上司や、当時の日活関西支社の方々、あるいは日活OBの先輩方、他館の関係者などから、何度か聞いたことはあります。これもひょっとすると前に似たようなこと書いたかもしれませんが。 当時関西地区での舞台挨拶は、女優さんたちの移動交通費や宿泊費の経費の関係で、原則的に1館1ステージ、そして1日で4〜5館回り、2〜3日滞在という感じだったはずです。そしてその後、中四国、あるいは九州などへ移動という、結構タイトなスケジュールだったようです。 その上、夕食は各地の映画館のオーナーさんたちとの懇親宴会があったようですね。館主さんたちはこの懇親会が楽しみで、古老のオーナーさんは俺の右には宮下順子、左には片桐夕子、両方にお酌してもらって、もう夢のような時やったでとか、よく言っておられましたね(笑)。セクハラまがいの宴会だったに違いありませんよ、きっと…。 なので女優さんたちにとっては、「サカリのついたお客様」よりも、「サカリのついたオーナーども」の方がきっとお嫌だったんではないかと…。 ま、諸先輩方のお話を聞いた中での、私の想像ではあるんですが。
それとあの時代では、お客様にとってロマンポルノ女優さんたちって、もう憧れの憧れの方々だったはずです。今のようにネットとかで気軽に見れない人々、地下アイドルとかのように気軽に会いに行けない人々、つまり、スターなんですよ、彼女らは! なので、そんな人たちがスクリーンではなく、目の前に立っている、肉声が聞ける、もうこれは恐れ多いぞという感覚じゃなかったんでしょうかね。ハイエナの檻に中に放り込まれた子猫ちゃんではなかったと思います。 彼女らが登壇。盛大なる拍手。撮影エピソードを交えた楽しいトーク。サービスでちょっとエッチなプライベートトーク。ありがとうございました、ではどうぞ映画をご覧くださいと退場。更なる盛大な拍手。終了。彼女たちは急いで、次の映画館へ移動。 こういう感じだったんではないかなと思います。
すいません、いし様のご期待に添えない感じの書き込みになっちゃいました。ただ、経費とスケジュール優先の地方での舞台挨拶の様子なので、それほど移動や束縛がきつくなかった東京や関東地区とは様子が違うかもしれません。 どなたかよくご存知の方がいらしたらお教えいただきたいです。よろしくお願いいたします。
いし様、ぢーこ様、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。 |
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